記事: なぜ、里山の木なのか。KAMOSHIKA CRAFTのものづくり

なぜ、里山の木なのか。KAMOSHIKA CRAFTのものづくり
暮らしの中心にあった、すぐそばの山
かつて里山は、人の暮らしのすぐそばにありました。薪や炭をつくるために木を伐り、落ち葉をかき集めて畑の肥料にし、山菜やきのこを採る。家を建てる材も、毎日使う道具も、その多くが近くの山から生まれていました。里山は「自然」というより、暮らしそのものだったのです。
けれど、暮らしの仕組みは大きく変わりました。燃料はガスや電気に替わり、自分たちで育てていた野菜や米は、スーパーで買うものになりました。そして、そのためのお金を仕事で稼ぐ。食べものも道具も、身のまわりの山からではなく、遠くから届くようになったのです。
暮らしが山に頼らなくなると、人が山に入る理由も失われていきました。手入れされなくなった木々は込み合い、竹や藪が広がり、かつての明るい雑木林は光の届かない暗い森へと変わりつつあります。田んぼや畑だった場所にも、いつしか木々が生え、里山と森の境目さえ見えにくくなりました。
あいまいになった、人と動物の境界
人の手を離れた田畑や林は、動物たちにとって格好の隠れ場所になります。里山が荒れて起きているのは、景観の変化だけではありません。
人が日常的に出入りし、手を入れていた里山は、奥山に暮らす動物たちと人の暮らしとを分ける「緩衝地帯」の役割を果たしていました。その境界がいま、あいまいになっています。
イノシシやシカが田畑に入り込み、丹精込めて育てた作物を荒らす。農家の方にとっては、収穫の喜びを奪われるだけでなく、農業を続ける気持ちそのものが削られていく深刻な問題です。さらに近年は、クマが人里に姿を見せ、人が被害に遭うというニュースも頻繁に聞くようになりました。
動物たちが悪いわけではありません。人が山から離れたことで、彼らと私たちの距離が変わってしまったのです。
人が関わることで守られてきたもの

意外に思われるかもしれませんが、里山の美しさは「手つかずの自然」だからではなく、人が関わり続けてきたからこそのものでした。
木を伐れば、林床に光が差し、新しい芽が育つ。季節ごとに花が咲き、それを頼りに虫や鳥が集まる。人の営みが、多様な生きものが暮らせる環境をつくり、私たちが「懐かしい」と感じる日本の風景を形づくってきました。
里山は、人と自然が長い時間をかけて一緒につくってきた場所なのです。縄文の昔から人は森に手を入れ、稲作とともにその関わりを深めてきました。世界各地にも似た営みはありますが、「里山」という言葉とともに受け継がれてきたこの風景は、日本の文化そのものと言えるかもしれません。
昔に戻ることは、できないけれど
では、もう一度里山を暮らしの中心にしよう、といっても現実的ではないでしょう。
薪で煮炊きをし、山の落ち葉で畑を耕す暮らしに、いまさら全員が戻ることはできません。現代の暮らしの便利さを手放すことは、そう簡単にできるものではないと思います。
それでも、何もできないわけではないと、私たちは思っています。
それでも人は、自然を求めている

どれだけ暮らしが便利になっても、どれだけ山が遠くなっても、人は自然を求めています。
休日に森を歩きたくなる。木の家具に囲まれるとほっとする。手のひらで木の手ざわりを感じると、なぜか気持ちがやわらぐ。それは、私たちの中に、自然とつながっていたいという気持ちが今も確かに残っているからではないでしょうか。
木を届ける人たちが、ばらばらになった
けれど、里山の木を暮らしの道具に変えるのは、簡単なことではありません。
一本の木が道具になるまでには、たくさんの人の手が必要です。山で木を伐る人、それを運び出す人、丸太を板に挽く人、そして形に仕上げる人。かつては地域の中にあたりまえにいて、顔の見える関係でつながっていた人たちです。
里山が使われなくなるにつれて、そうした仕事は少しずつ地域から姿を消していきました。担い手は減り、残った人たちもそれぞれの場所で、ばらばらに仕事をしています。山に木はあっても、それを伐り、運び、製材し、加工する流れが途切れてしまっているのです。
里山の木を使うことが難しいのは、木がないからではありません。木と暮らしをつなぐ人のつながりが、失われてしまったからなのです。
里山と人、人と人をつなぐ懸け橋として

KAMOSHIKA CRAFTは、自然を求める人の気持ちと里山とを結ぶ懸け橋になりたいと考えています。
里山の木を伐り、使い、暮らしの道具として届ける。その木がどこで育ち、どんな山から来たのかを伝える。毎日手に取るマイボトルを通して、遠くなった里山のことを、ほんの少し身近に感じてもらう。
そして私たちの取り組みは、ものづくりであると同時に、地域づくりでもあります。木を伐る人、運び出す人、製材する人、加工する人。地域の中でばらばらになった人たちとつながり、ともに取り組み、これからの担い手を育てていく。山から暮らしへと木が届くまでの流れを、もう一度地域の中に結び直したいと考えています。
一本の木が道具になり、誰かの日常で使われることが、山に人の手が入るきっかけになる。そしてそれが、地域で木に関わる人たちの仕事になる。そんな小さな循環を、プロダクトを通じてつくっていきたい。それが、私たちが里山の木にこだわる理由です。
もっと、木に触れませんか?
その一歩が、里山と人とを、もう一度つなぐことになると信じています。
